泉平の話

私が育った鉱山の町は、麓の街からバスも通れる道路があり、南平<みなみひら>前平<まえびら>通洞<つうどう>泉平<いずみひら>と、4つの地区を繋いでいました。泉平から先は、車の通れる道路が無くなって、人が歩いて降りるしかない道だけが続いていました。前平が1番高度が高くて小中学校や病院がありました。私が住んでいたのは、最後の泉平というところでした。名前のとおり、街に降りる途中の山道には湧水の出るところがあり、正確には泉と言わないのかもしれませんが、水が流れている途中にいくつか、直径1〜1.5メートル、深さ5〜60cmくらいの溜池のようなところがありました。水は透明で綺麗すぎてか生き物はアメンボくらいしかいませんでした。

泉平から町へ降りる山道に沿って段々畑ができていて、じゃがいもや大根、とうもろこしなどが作られていました。冬になると雪がふって段々畑が天然のスキー場になるので、冬の日曜日などはそこでスキーを楽しんだものでした。段々畑なので、リフトはなくスキーで滑り降りると、横歩きで坂を登り、滑り降りるを繰り返します。あんまり下まで滑り降りて行ってしまうと、登るのが大変。滑り降りる一瞬の楽しさの後に、延々と続く登りの作業。忍耐を試されるスキー場でしたね。人によっては、スキーを担いで登っていました。大きくなって、本物のスキー場に行って、リフトの便利さに感動を覚えました。